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全ての答えは自分の中にある!! |
2006/01/11(水) |
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「すべての答えは自分の中にあると確信ができたとき、今までの人生を
全て受け入れることができたように思います」
名言です。
これはある人のレポート内容のひと言なのですが、心の問題を解決するっ
て、このひと言をいかにして腹におとすかという問題です。
「すべての答えは自分の中にある」
口でいうのはカンタンです。
思うだけもカンタンです。
問題は、腹におとせるかどうかなのです。
腹におとせば、じつは「迷い」というのは生まれないし、「迷い」を生
まないと、「悩み」も生みません。
悩みを生まないと、心の問題は発生しないのです。
だから、「すべての答えは自分の中にある」
これがわかった場合、心の問題は、解決です。
でもこれってどうやってしたらわかるのでしょうね。
そして、こういったことって、どうやってしたら伝わるのでしょうね。
伝えるには、経験が必要です。
経験から語らないといきません。
それで経験から語るということは、
「すべての答えは自分の中にあると確信ができたとき、今までの人生を
全て受け入れることができたように思います」
そこに至るまでの経緯を、さらけ出すことです。
さらけ出したら、伝わるということがあります。
「すべての答えは自分の中にあるんだ」と、素直に思ってくれるというこ
とがあります。
思えなくても、「すべての答えは自分の中にあるかもしれない」と思って
くれるということがあります。
「かもしれない」と思っていただければ、それが希望の光を与えるという
ことです。
こういったことを人を救うということです。
それもわからずに、自分のこともわからずに、「人にあーしろ」「こーし
ろ」という人がいるのですが、それって答えですよね。
答えなんて与える必要ないのです。
過去の経験からわかったものがあれば、「私はこうしてきたよ」というこ
とを伝える。
「私の考えはこうだ」ではなく、「こうしろ」ではなく、
「自分はこうしてきたよ」なのです。
「自分はこうしてきたよ」は、答えを与えているのではなくて、ヒントな
のです。
ヒントを与えているのです。
答えは与えることはできません。
なぜならその人の心の中にしかないからです。
「答えは自分の中にある」ということは、「答えは自分の中にしかない」
ということなのです。
私は、レポート作成の時に重視しているのは、
「いかにヒントを与えるか」ということです。
だから、答えはあっても省きます。
省かれている人、ごめんなさい。
でも「答えを与える」って、いっけん親切なようで、かなり不親切なので
す。
なぜなら、相手の気力を奪うから。そして相手の行動力を奪うから。
最高の親切って、「自分はこうしてきたよ」の経験を伝える。
あとは、聞かれたことに答える。
答えれないなら、自分の経験がないなら、答えれる人を、紹介したりする。
これが最高の親切なのかもしれません。 |
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